20年以上前に『私が殺した少女』を読んだ。すごい作家がいるものだなぁと感心したことをよく覚えている。こういう作家さんの作品は全部押さえておきたいなぁと思っていて、月日が流れてしまった。
持て余すくらい時間はあるので、ゆっくりと本を読みたい。人に本を進めている暇があったら読書の時間にあてた方が余程有意義だとおもうけど、そうすると心のバランスが取れなくなってしまう、読書も出来なくなってしまうのだ。
世の中はバランスが難しい。
そんなことを考えながら読むのにぴったりなのが原りょうです。今回はその最新刊を紹介しますね。このミステリーがすごいでも2019年の1位です。間違いない傑作ですよ。
目次
『それまでの明日』内容紹介
沢崎シリーズ、14年ぶりの最新作 デビュー30周年記念作品
渡辺探偵事務所の沢崎のもとに望月皓一と名乗る金融会社の支店長が現われ、赤坂の料亭の女将の身辺調査をしてくれという。沢崎が調べると女将は去年亡くなっていた。顔立ちの似た妹が跡を継いでいるというが、調査の対象は女将なのか、それとも妹か? しかし当の依頼人が忽然と姿を消し、沢崎はいつしか金融絡みの事件の渦中に。切れのいい文章と機知にとんだ会話。時代がどれだけ変わろうと、この男だけは変わらない。14年もの歳月をかけて遂に完成した、チャンドラーの『ロング・グッドバイ』に比肩する畢生の大作。
メディア掲載レビューほか
震災後の探偵小説
毎月のように新刊を出す作家がいる一方で、数年に1作という寡作作家もいる。原尞の場合は、デビューから30年の間に長編4作、短編集1冊、エッセイ集2冊。5作目の長編が『それまでの明日』だ。前作『愚か者死すべし』から14年ぶりとなる。ネット書店のコメント欄は、新作発売を言祝(ことほ)ぐファンでいっぱいだ。
今回も主人公はこれまでのすべての作品と同じく、探偵の沢崎。沢崎は金融会社の支店長から、料亭の女将の身辺調査を依頼される。融資案件についての調査だが、派閥抗争にからむので会社には極秘で、と支店長は告げる。
沢崎が調べると、女将はすでに死んでいた。ところが経過を報告しようにも、支店長と連絡がつかない。勤務先の金融会社を訪ねると、強盗事件が発生し、沢崎は巻き込まれてしまう。その後も支店長の行方は依然として不明……。
文体は原が心酔するというレイモンド・チャンドラーのよう。模倣ではなくオマージュというべきか。そういえば村上春樹がチャンドラーの長編7作すべてを新訳している。原の作品と読み比べるのもおもしろい。
探偵小説は失ったものを見つけ出そうとする物語である。この作品は、依頼された調査の結果はすぐわかるが(女将の死)、依頼人が姿を消すことで、何を見つけ出すべきかがわからなくなる。まるで現代人そのもの。
小説の最後で東日本大震災が起きる。つまり小説の舞台は2010年11月から2011年3月。原の前作が発表されてから14年の間に、わたしたちは何を失い、何を見つけたのだろう。本作もまた、震災後文学である。
評者:永江朗
(週刊朝日 掲載)